性懲りもなく、自分に期待し失望する、それが私

年末いかがおすごしでしょうか?

いよいよ今年が終わりますね。
どんな1年でしたか?

私は、父が亡くなってから最初の年、
「家族」について向き合う一年になりました。

遺された母との関係。
父の遺品に対する考え方の相違。
「モノ」との関係。

泣くこともありました。
怒ることもありました。

そして、仕事に関しても、
自分自身のことに関しても、
相変わらず、自分のダメなところに出会っては失望し、
そして性懲りもなく自分にまた期待して。

来年こそ強くなる!来年こそ、泣かない!
かつてそんなふうに決意していた時代もありましたが
もう今はそんなことは思いません。

性懲りもなく、自分に期待しては失望し
それを繰り返すのが私なんですから。
で、それが愛おしい。

泣き虫さんはいますか?私の仲間です^^

来年もまた私は、小さな挑戦をし続けていきます。
そして、あなたの小さな挑戦もどうか応援させてくださいね。

良い年をお迎えください。

 

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離婚した友へ

学生時代の友人から
「離婚報告」のハガキを受け取りました。

学生当時も、もちろん今も
大好きで。
彼女が結婚した時は、私はシングルマザー。
シングルマザーの私が、結婚式に出ることに
胸の痛みは全くなかったと言えば嘘になりますが、

小さな娘と共に新幹線に乗って、
彼女の結婚式に出席しました。

あれから何年経ったのだろう。

「このような報告を心苦しく思っています」
そう、離婚報告って、苦しくて
みんなに謝りたくなるような気持ちになって
とても私も苦しかったなあ。

そんなことを思い出しました。

お互い別の道に進み、離れた場所で暮らしていましたが
年に1度の年賀状が、続いていました。

私が再婚した時に
お花を贈ってくれて、
なかなか私はそのお返しができずにいましたが
突如、5月、小さな息子がいる彼女に、母の日に何かを贈ろうと思いつき
私もお花のアレンジメントを
彼女の家に送りました。

その離婚報告には
あの時はとても疲れていた時で、癒された、と
書かれており
ああ、それだけでも本当に良かったと思いました。

離婚した友へ

いろいろ大変だったね。
よくがんばったと思います。

離婚は、決して恥ずかしいことでも、失敗でもなく、
より自分らしく生きるための選択です。

離婚は勲章 です。
(瀬戸内寂聴さんや、西原理恵子さんも言っているよ)

まずは、しっかり眠り、しっかりご飯を食べて。
まず自分が安心して生活することを大事に大事にしてほしい。

自分の人生を、あきらめないでほしい。
未来を想像できなくて苦しくても、
想像できない「未来」、希望が持てない「未来」は
その離婚の選択があったからこその「今」に必ず変わる。

勇気ある決断をした自分に祝福を。

 

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子連れ再婚での引越しで、一番恐れていたこと

子連れ再婚をしたのは2年前。

新しい住まいでの生活がスタートして、
私が一番恐れていたことを思い出しました。

それは・・・

娘に「前の家が良かった」と言われること

これ、今になってやっとこうして言えるようになりました。
当時は、こうして言葉にすることすら
怖くてできなかったような気がします。

元々の住まいは、新しいマンション。
そして、築30年越えの古いマンションへの引越し。

お風呂だって、狭くなる
トイレも、ウオッシュレット付きからウオッシュレット無しになる

小学生の娘が
「前の家がいい」と思ったり言ったりするのは
ある意味当然かもしれないし
そう言うことも十分考えられる。

だから、心の準備をしておかねば・・・
なんて私は思っていました。

最重要事項であった
「娘の環境をなるべく変えない」条件を死守すべく
学区内での住まいを探し出したわけで。

家の古さはどうにもならない。
だから、
新しい「家庭」が、娘にとって居心地の良い場所になるようにと
願って、行動してきました。

元のマンションでは
娘の部屋はなくて
私と一緒に一部屋を使っていましたが
今度の住まいでは
娘の部屋を作ってあげよう、とか。

当時、「前の家がいい」と言われるのを恐れていた私でしたが
実際、娘は2年間、
その言葉を一度も言うことはありませんでした。

娘なりに、気を使ってくれていたのかな。
きっと、私が「新しい家庭を作ること」という夢が叶い
一生懸命になっていたこと、
感じ取ってくれていたんだと思います。

あなたが、
今、最も恐れていることはなんですか。
過去、恐れていたことはなんですか。

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家族の変化 3世代同居について

私は2年前に子連れ再婚し、
元々住んでいたマンションの近くに引っ越しました。

家探しは
・娘の小学校の学区内であること(転校がないように)

が絶対条件でした。

不動産屋さんにとにかくX丁目のX番地~X番地の中で!
と無理を言いつつ
やっと見つけたのが、
新たな住まいでした。

元の住まいからは徒歩5分ちょっと。
ずっと「孫」と暮らしていた私の両親が、寂しい思いをしないよう
娘の生活が、あまり変わらないよう・・・

そんなことを最優先で考えていました。

その時私が一番恐れていたのは
多分、娘が「前の家に帰りたい」と言うことだったように思います。
結果的に、娘はそう言うことはありませんでしたが。

その住まいは、築30年を超えた古いマンションでしたが
(昭和っぽさ100%!)
リフォームもしてあり
中はきれいで、
私がクライアントさんとコーチングセッションをするための
スペースも作れたし
娘の部屋も作れて
居心地の良い生活でした。

きっと、ここでの暮らしはしばらく続く、
引越しをすることはあっても
夫と娘、私の3人家族で暮らしていくんだろう

そう思っていました。

が、昨年、私の父が亡くなったことから
状況は少しずつ変わり

さまざまな事情から、本当にさまざまな事情により
結論、
私たちは、一人暮らしをしている母と同居することを
決めました。

この決心はすぐにはできませんでした。
母も、私も、そしておそらく私の夫も、娘も
それぞれが
それぞれの思いや葛藤を抱えていて、
その結果の選択になりました。

また、続きは書きますが、プライベートすぎてブログでは書けないことは
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