私の心の中の石ころ ワルな娘の話

本来の私なら、一番ワクワクする、夏の到来。

ただ、今年はちょっといろいろあり
今は心の中にちょっとした石ころがあって、
その石ころがなかなか外に出てかない。

そんな感じです。

娘が「悪いこと」をしたという話を書きましたが、
先生からのその電話はこんなお話でした。

塾で行われた、小テストのお話。
「隣の席の子と、回答が同じで、
間違っているところまで一致していました」

・・・そういうことです。要は、カンニング疑い、です。

その件で、私も直接先生に会いに行きましたし
もし、「疑い」が「真実」ならば、
ということで、先生とお話をしました。

その後の一週間は、「疑い」となる行動はなかったそうですが。
でも、一度でも、こうして疑われたということは
ほぼ真実なのだろうか、
「疑い」である可能性にしがみついたほうがいいのか。
「真実」と判断したとして、じゃあ私は
どう娘と向き合えばいいのか。

ずっと心の中に重い石が置かれている感じですが、
それは事実として、これからもその状態を受け入れていこうと
そんなことを考えました。

靴の中の小石に気づいていながらも
そのまま歩き続ける、ということ。
だって、その小石、今捨てるわけにはいかないから。
娘と向き合って、この話をしたら
その小石を捨ててもいいって思えるかもしれない。

でも、私の心の中の石は、しばらくの間は
ずっとそこに居続ける、そんな予感。

そんな日々を過ごしていたら
週半ばには、私自身が、扁桃腺炎に。
久しぶりの高熱で寝込みました。

寝込んでいた日は、
娘はあれこれと動いてくれたり
優しい言葉をかけてくれたりと
してくれました。

そんな姿を見ながら、カンニング疑いのことを考えている私。

そういえば、
問題集の解答をすぐに見る癖があったなあとか
作文は、事実よりも内容を「盛って」書くことがあるよなあ、とか

久しぶりに、
ただただ、1人の母親として
悶々としていました。

じゃあ、私は、すぐに正しい答えを求めていないだろうか
楽をしようとしていないだろうか、とか。

いろんなことを考えて、行き着いたところは
やってしまった悪いことは、なかったことにはしない
ということ。

娘を信じないわけじゃない。
もし、もしもその疑いが真実ならば。

悪いこと、ずるいことをする娘が
私の娘であるということ。
そして同時に
優しい心を持った娘でもあり
それが私の娘であるということ。

いろんなものすべて包含して
私はただ娘を愛するしかできない。
そんなことを思いました。

成績が良くなくてもいい、
でも、勉強に何らかのおもしろさを見出してくれると
私は嬉しい。
あなたが思っている以上に、世界は広く、
あなたの見ている世界は、思っている以上に深い。

目の前の点数なんか、気にしてほしくない。
進みたい道を、自分の力を信じて、自分で切り拓いてほしいんだよ。

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