子連れ再婚の幸せとは  10年のシングルマザー経験を経て、今感じること

プロフィールにも書きましたが、私は、10年のシングルマザー経験を経て、子連れ再婚しました。

いつかは再婚したい、結婚まではしなくても、パートナーがほしい、でも本当は…もう1度家庭を築きたい。

そんな思いを抱きながら、私は子育てに仕事に自分のやりたい勉強にと、励んでいました。

毎日のように報道される虐待などの悲しい事件。

継父から子への虐待も多く、世間では「血のつながらない親だから…」という意見もあります。

子どもがいて、仕事もあって、それ以上何を望むのか?子どものために、再婚なんかするべきでない。

そういう意見もありましたし、私自身そう自分に言い聞かせていました。

子連れ再婚し、新しい生活をスタートするまで、本当にいろいろなことがありましたが、今私は本当に幸せです。

どんなときに幸せを感じるのか。いくつか書いてみようと思います。子連れ再婚を躊躇している方に、1人の経験者として何かが伝わればと思います。

1.夜、家の中に男性がいることによる安心感

私は一人暮らしも経験していましたし、娘と2人きりで山でテントに泊まったこともあります。夜、男性がいないという状態は慣れていましたが、特にアウトドアでの母子2人はちょっと怖さもあります。

男性がいるという安心感は再婚して改めて感じました。

2.娘と夫が笑いあう姿を見た時

産まれてから、父親という存在を知らない娘。

そこそこ大きくなった娘ですが、、、夫に「肩車」「お姫様抱っこ」をせがんだりしています。

夫と娘。血がつながらない関係でも、お互いに笑いあう姿をみていると、私も幸せを感じます。

全くの他人どうしだったこの2人が、少しずつ「家族」になっていく過程をそばで見ることができるのは、本当に貴重な体験だと思っています。

子どもが思春期に差し掛かった年齢での再婚は、難しいなと感じましたが、焦って再婚せずに、少しずつ家族になるんだという気持ちになるまで、ある程度時間をかけたことは本当によかったなと思いました。

3.家族のことをオープンにしている夫の姿

結婚相手の私に子どもがいるということも、初めからオープンにしていた夫。

何曜日と何曜日は娘の塾で、迎えに行くから定時で退社する、と職場の人にも話している夫。

家族というものを閉鎖的なとものでなく、私たちが再婚家庭であることを変に隠したりせず、オープンにしてくれていることが嬉しいです。

自分自身が心から受け入れていないと、オープンにはできないような気がします。

 

いくつか書きましたが、他にもまだたくさんあります。また折を見て書いてみたいと思います。

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こちらからどうぞ

コーチ 中野 かや

ステップファミリーと家族会議

昨夜は、ステップファミリー仲間つながりの、オンラインの集まりでした。

友人夫妻が立ち上げたこちらの会社のワークショップ「家族会議のススメ」にお誘いいただき、昨夜は2回目の開催。

株式会社コーリーダーズ
スタートは夜9時半。これがなかなかどの家族もハードルが高いこと。

それでも、各自いろんな工夫をして、どうにか時間を作って集まる場です。

ここでのキーワードとして、「家族会議」があります。

家族で、はい!これから会議するよ〜!って、かしこまるのは、我が家にはやりにくいかな?と思って、

私たちは普通に、家族が揃った状態で、それぞれの思いを共有する場を持ちました。

といっても、言葉には出しにくいこともあるから、一部は交換日記で。

※私たちは婚姻届出してから同居するまで数ヶ月別居の期間があったので、そのときから、私、娘、夫の3人で交換日記をしていました。一緒に暮らしてからは、日記は休みがちでしたが。

さて、娘の骨折がやっと回復して、固定していた三角巾を卒業しました!

お祝いにごはんを食べに行った時に

骨折していたこの1ヶ月、どうだった?という話をしました。

夫  自分の責任でケガをさせてしまい、本当に申し訳なくて、つらかった

私 右腕が自由に使えなくてつらい思いもしただろうけど、本当によくがんばったね

娘 骨折はすごくイヤだったけど、みんなが優しくしてくれた。毎朝お父さんがミロ(牛乳に溶かすアレです) 作ってくれたのが嬉しかった

家族会議って、みんながそろって、話すもの。そう聞くと、なんだかかしこまって、敷居が高い。

でも、形に縛られることなく、いろんな手段の中から、良さそうな方法でコミュニケーションをとるようにしています。

なぜコミュニケーションを大事にしたいかというと…

私は、会話がなくなったら、家庭が壊れてしまうのではないかと思っているのです。

最初の結婚生活の最後が、もう何も会話がない状態だったから。

一緒にいても寂しいって、こういうことなんだなとわかった。そんな記憶があります。

「家族会議のススメ」ワークショップ。

ここには、血の繋がりがあろうがなかろうが、家族を愛し、大切にしたいひとの場所。

幸せを感じられる家庭が少しでも増えますように。

シングルマザーの再婚で、恥ずかしいから結婚式はしない?

これまで私が出会って来た、「再婚」を経験した女性のみなさまの中で
再婚だし、恥ずかしいから結婚式はしないんだ・・・
とおっしゃる方がおりました。

2度目(3度目?)だから、地味にする!
結婚式はしないことにしたの
親族だけでもいいからこじんまりと式はしたいな
1.5次会で、友達とパーティーにする

いろんな選択があります。
でも、もし、結婚式がしたいならば、子連れ再婚だからといって遠慮しないで欲しいんです。
再婚だから恥ずかしいとか、世間的にふさわしくないとか、ではなく
あなたがしたいかしたくないか、をまず最初に考えてみてくださいね。

こんな素敵な子連れの結婚式もあるんです。
http://donutnews.com/1384

実は私も、いろいろな理由から、結婚式はどうしようか?と迷っていました。
結局、次のステージに進む「覚悟」「けじめ」をつける日と思って
(夫が初婚だったこともあり)
両方の家族だけで結婚式をすることにしました。

実際、結婚式をしてみてどうだったか?
結婚式、してよかった!!です。

人前式といって、家族の前で誓いのことばを述べる形式にしたのですが、
この時の言葉は、これからも時折思い出そうと思っています。

私たちは、本日新たに家族になりました。 今ここにいる皆様に心から感謝します。 私たちは、血の繋がりを超えて新たに家庭を創ることに、
大きな使命感を持ってこの日を迎えました。
私たちは、お互いを認め、信頼し、行動します。
日々、ささやかで小さな幸せを積み重ね、愛情に満ちた家庭で子を育て
社会へ送り出します。
そして、私たちは、喜びも困難も分かち合い、共に乗り越え、
真の意味で家族になることを誓います。

どんな気持ちで新しい家族をつくろうとしたのか。
毎日の忙しい日々の中でその目的を見失うこともあるかもしれない。
そんな時、私たちが誓ったこの言葉を思い出せるようにしたいと思っています。

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http://stepfamily-kaya.com/sfp/

中野かや

養子の気持ち

私が、毎月、本当に少しだけ寄付をしている団体のページに掲載されたこちらの記事

ぼくは養子
ケイタくんの言葉

きっと産みの親が望んでるのは、幸せな場所で子どもが生きてくれること。育ての親にとっては子どもが自己肯定感を持ってのびのび思い通りの人生を送ること。そして、親に甘えてくれること。

再婚して、娘は夫の養女となり夫は娘の養父となりました。

日々、家族ってなんだろうと頭の片隅に置きながら

家庭をゼロから作る気持ちで過ごしています。

生みの親、育ての親、子ども。それぞれの気持ちがここまでわかるなんて…と

胸に響いてくる言葉でした。

泣いたり笑ったりしながら、家族になっていく。血が繋がっていても、血が繋がっていなくても、それが家族だと思うから。 
家族に、必ずしも血縁関係は必要としない。私はそう信じて日々過ごしています。

我が家も泣いたり笑ったり。いつもいつも家族全員仲良しというわけではありません。

いろいろな感情をストレートにぶつけ、ぶつけられる。

そんなことの繰り返しで、少しずつ家族になっていく。

これは私も今まさに実感していることです。

家族でお花見へ。

見上げた桜の木から降りてくる光がまぶしかったです。

シングルマザーになった年の桜

毎年、桜が咲くと、私はシングルマザーになって最初に見た桜を思い出します。

正確に言えば、シングルマザーとはいっても、娘はお腹の中にいました。
離婚した直後の春です。

毎年毎年、桜は美しくて
受験して合格した希望の学校に入学する時
本当に楽しかった学校生活を卒業する時
一人暮らしを始める時
長い学生生活を終えてやっと就職する時
・・・
いろんなタイミングで桜を見てきました。

唯一、美しい桜を見たくもないと思ったのがその時の桜でした。

大きなお腹した妊婦が離婚して、そんな自分がどうしても受け入れられず
世界からも否定されているような気がして
美しいものを見ると、いかに自分がダメな存在かを見せつけられるような気がして
桜なんか早く散ってしまえとまで思っていました。

あれから随分年月が経ち、
今、私は再婚してもう一度家庭を作っているところ。
美しい桜をちゃんと自分の目で見ようとして、見ている。

それができるだけで、私は幸せだなと思うのです。
あの時は、桜を見上げることもなく、視界に入らないようにしていました。

春がきて、桜が咲き、散り、1年が経ちまた春がきて。
見えるということ
聞こえるということ
自分に与えられた感性を生かしきる。
それをさらに、自分の言葉や話すことに注いでいこうと思います。

今、悲痛な気持ちで桜を見ている、もしくは見たくもないと感じている人へ。
その今の気持ちは、決して無駄にはなりません。
無駄になるどころか、今後とてもあなた自身の大きな糧になっていくことでしょう。

来年、どんな気持ちで桜を見ていたい?